ジュディス・ヘリン『ビザンツ 驚くべき中世帝国』を読んで

 この本はビザンツ帝国こと東ローマ帝国の概説書です。普通の歴史の概説書は年代順に事件を並べていくことが多いですが、この本はテーマ別に章立てをしていて、知りたいテーマから読んでいったり、知りたいテーマだけ読んだりすることができます。また、装丁もとても綺麗で思わず手に取ってしまいたくなるほどです。

 この本を読んだ感想は、概説書であり、すでにビザンツについて詳しく知っている人には少し物足りないであろうということと、翻訳書であることの宿命かもしれませんが、少し読みづらい文体であることがあります。また、著者のジュディス・ヘリン女史は初期キリスト教史とビザンツ女性史を専門としていることもあり、宗教関係の話題が多く、女性が登場する場面も結構多いです。ですが、全体としてはバランス良くまとまっており、いい本だと思います。

 では、これからこの本を読んで分かったビザンツの特徴について、個人的な意見も交えながらですが、西欧などと比較をしながら少し書きたいと思います。

 まずはビザンツの商業についてです。ビザンツでは商業を営むことは卑しいことだとされていました。コンスタンティノープルは商業が発達した都市だったのに、意外ですよね。これは日本の江戸時代において商人が低い身分とされていたことなどを考えてみても分かるように、農業社会ではよくあることでした。一方砂漠のオアシス都市やヴェネツィアのような農業できる土地を持たない港湾都市にとって商業はまさに生命線であり、卑しい仕事だなどと言っている場合ではありませんでした。このようなビザンツ社会での商業の軽視が、のちのヴェネツィアによるビザンツ経済の支配につながっていったのかもしれません。

 次は軍事についてです。ビザンツにおいては、戦争はなるべく避けるべきもの、外交によってできるだけ回避するべきものであるという意識がありました。彼らは戦争をして外敵を倒すことより、貢納金を支払って平和を保つことを優先しました。古代中国が北方の遊牧民相手に貢納金を支払って平和を保っていたことと似ていますね。一方西欧では戦争を貴ぶ気風が強く、年中トーナメントなどをやっては戦争の模擬演習をやっていました。もちろん遊牧民がルーツのトルコ人も武を重んじていました。

 最後に、前近代社会において非常に重要視されていた宗教についてです。ビザンツでは8世紀にイコノクラスムという聖画像破壊運動、つまり聖母マリアやキリストが書かれた絵を破壊する運動がおこりました。これは偶像崇拝を禁じていたイスラム勢力がビザンツに対して猛攻をかけていた時期と一致していて、ビザンツの人たちは自分たちが劣勢なのは神に見放されてしまったからだと思ったようです。というのも、キリスト教の教えの一つであるモーセの教えにおいても、偶像崇拝は禁じられていたからです。これに対し西欧では文字の読めない大多数のゲルマン系民族にキリスト教を布教しなければいけない観点から、絵や彫像は欠かせないものとされていました。結局ビザンツでも現実路線をとり、聖画像破壊運動は止むのですが、イスラム勢力に何度も首都を包囲されたビザンツならではの現象だったのかもしれません。

 少し個人的な意見を入れすぎてしまったかもしれませんが、より詳しく知りたいという方はぜひ図書館でも書店でも、手に取って拾い読みでもいいので読んでみてください。